#21
酒蔵がつくる宿「esoto」開業。七賢がこの土地で目指すもの
Private Villa esoto
七賢が日本酒の未来と、この土地の可能性を見つめながらつくった宿「esoto」。その背景にある思いを、代表・北原対馬が語ります。

酒蔵が、なぜ宿をつくるのか。その背景には、日本酒のこれからと、酒蔵としてこの土地で果たしていきたい役割があります。
esotoに込めた思いを、代表の北原対馬が語ります。
「国酒」から「国際酒」へ
esotoをつくろうと考えた背景には、日本酒をこれからどうしていくのか、という問題意識がありました。
私が常々お手本として据えてきたのは、ワイン産業です。ワインが国際酒として広がっていくなかで、特に優れた実績を残しているのが、フランスのボルドーやブルゴーニュ、ランスだと思います。彼らは、素晴らしいワインをつくることだけではなく、国際化と高付加価値化を進め、その土地に行き、食べ、飲み、滞在するところまで含めて、ワインの価値をつくってきました。
私たちはいま、日本酒の種まきを始めているところです。30年、50年経った頃に、日本酒が「国酒」から「国際酒」になっていることを標榜しています。その摘み取りをするのは、次の世代、次の次の世代になるかもしれません。だからこそ、我々の世代がやるべきなのは、そのための種をまくことです。
日本酒は、単に飲み物ではなく、ライフスタイルのようなものだと思っています。
1973年をピークに、日本酒の消費量は半世紀にわたって右肩下がりを続けています。ピーク時と比べれば、いまは22、23パーセントほど。日本のアルコール消費全体に占める日本酒の割合も4.6パーセントしかありません。それで果たして「国酒」と言えるのでしょうか。
もちろん、普段から日本酒を飲んでいただいている方に対して有難い気持ちでいっぱいなわけですがまだ日本酒を口にされていない大多数の方に、週に1回、月に1回でも日本酒を飲んでもらう環境をつくっていかなければならない。1,300社の酒蔵が、限られた消費者だけに目を向けている場合ではないと思っています。
だからこそ、改めてライフスタイルの提案が必要です。日本酒を国際酒へと広げていくために、酒そのものだけではなく、体験と一緒に日本酒の良さや楽しみを伝えていく。そのための「場」、あるいは「装置」として、宿という構想が生まれてきました。最初は漠然とした構想でしたが、我々もようやく農業や旅館というものをやれるポジションになってきた。そういうタイミングが重なって、esotoを始めることになったのです。
世界一の酒蔵がつくる宿
宿の構想を進めているなかで、私たちに大きな出来事がありました。IWC(International Wine Challenge 2025*)で世界一の称号「チャンピオン・サケ」を受賞したのです。
*1984年から毎年イギリス・ロンドンで開催されている世界最大規模かつ最も権威ある酒類コンペティション(ワインコンクール)の一つ。現在ではワインだけでなく「日本酒(SAKE)」の部門も常設されており、お酒の世界的な殿堂として確固たる地位を築いています。
実は、これまでの宿の構想では、もう少し価格を抑えたプランを考えていました。ただ、IWCで世界一になったことを考えると、それで良いのか、疑問符が付いたのです。
世界一になったブランドとして、これから果たしていくべき役割もある。そういう自覚や自負が生まれてきたのだと思います。
esotoは、本体である酒造事業、つまり七賢のブランドをさらに高めていくための、ひとつのステップにならないといけないのではないか。そう考えると、これまでの私たちのお酒の消費者像とはかなり異なる方たちにも来てもらえるような場にするべきです。それはチャンスでもあり、大きなチャレンジでもあります。
結果として、esotoには正統派の日本文化を入れ込んだつもりです。
周りからは、サウナが流行っているから水風呂とサウナを入れればいいとか、ベッドなどの居住性をヨーロッパ風に整えてはどうか、と言われたこともありました。でも、私はあえてそういったものを入れませんでした。
もちろん、そうしたトレンディーなものを入れるのも良いと思います。でも、私は、日本ならではの文化を大切にしたかった。その受け皿のひとつになることも、酒蔵の役割なのではないかと思ったからです。
提供するものとしては、和食と酒、お風呂とお茶。この4つに主眼を絞りました。まさに、日本の文化の結晶ともいえるものですよね。そこにあえて絞ったのです。
お茶の文化と酒の文化には、シンクロするところがあります。そうした日本の伝統的な精神性をベースにしました。だから、海外の方にもきっと楽しんでいただけるのではないかと期待しています。

esotoは成長のための装置でもある
ただ、旅館というものは、やはり難しいところがあります。お箸ひとつ、器ひとつ、バスローブ、座卓、消耗品ひとつをとっても、つくり手がこれまで何を見て、何を感じながら生きてきたのかが、自然と表れてくるものだからです。
esotoをつくるにあたって、今度は自分たちが問われる立場になるのだと感じました。そう考えると、旅館はつくって終わりではなく、時間とともに成長させていかなければならない。esotoは、七賢の「写し鏡」なのです。私たち自身が成長していかなくては、旅館も成長していかないと思っています。
社会の流れも変わっていきます。今では、エコやリユース、SDGsという言葉がいろいろなところで聞かれるようになりました。自然環境と共生していくという考え方も、ますます進化していくでしょう。どんなエネルギーを使って料理をしているのか、どんな食材を、どんな人がつくっているのか。いま世界で求められている水準を考えると、そこまで問われる時代になっています。
繰り返しになりますが、完成した時点がゴールではなく、そこからがスタートです。人間とともに、esotoも成長していかなければと思います。

大事にしたものは、食、酒、地域
esotoをつくるうえで、やはり大事にしたのは食事です。
そして、もうひとつ大切にしたのが、この台ヶ原宿という土地の地域性です。酒においての精神的な支柱が水だとすれば、esotoにとっては、この土地そのものが大きな意味を持っています。
もちろん、水については、実際にお飲みいただいた仕込み水や、お酒を通じて感じていただけます。水源地を訪れていただいたり、酒造りを見学していただいたりすることで、水と触れ合っていただくこともできます。
一方で、台ヶ原宿には、歴史や文化があります。江戸時代から栄えてきた甲州街道沿いの宿場であり、今も地域住民の暮らしがある。そこには景観があり、もともとあった建物もある。そうしたものを、なるべく当時の良さを残しながらつくっていくことも大切にしました。
大地を開墾して、ゼロからホテルをつくるのであれば、ある意味ではそのほうが楽です。何もないところから、自分たちの思うようにつくることができますから。でも、ここはそうではない。ある程度できあがっている場所に、何をオンしていくのか。そこが難しかった。
しかも、地域の方々に受け入れていただくことが、長く続けていくうえで大切です。どうしたらそれができるかということは、かなり意識しています。地域にある歴史や文化、住民の暮らしと調和しながら、そこに新しいものを加えていく。私たちが目指したのは、そういう宿なのです。

これからのために、esotoがある
本来なら、酒造りに集中して、そこで得たものをまた酒造りに返していくという考え方もあります。でも、私たちはそこだけにとどまらず、農業や宿泊にも取り組み、七賢の価値を広げようとしている。ひとつの酒蔵として考えれば、やることも増えるし、簡単なことではありません。それでも、あえてそうした道を選んでいるのは、50年、100年先を考えたときに、七賢がどうなっていたほうがいいのか、この地域がどうなっていたほうがいいのか。その二つは、決して別のことではないと思っているからです。
esotoは、酒蔵だけでは伝えきれないこの土地の魅力を知ってもらう場所でもあります。ここに泊まって、酒を飲み、食事をして、町を歩く。そうした体験を通して、台ヶ原や山梨という土地そのものに興味を持ってもらう。その入口として、宿ができることは大きいと思っています。
そして、esotoだけで終わるつもりもありません。この甲州街道を、昔の甲州街道に近づけていきたい。石畳のような雰囲気があり、水路があり、柳がある。そんな情景を取り戻していきたい。江戸時代そのものに戻すのは難しいけれど、明治、大正の頃、周りの建物ができあがった頃の情景を取り戻していきたいと思っています。立派な田舎であり、立派な商業地でもある。そういう地域は、あまりないと思うんです。
地域が良くなることは、私たちが良くなること、酒蔵だけが良くなるのではなく、農業が良くなり、宿が良くなり、町が良くなり、山梨そのものの価値が高まっていく。そういう循環をつくっていくことが、これから私たちが目指していくことなのだと思います。

宿場esoto
宿場 esotoは、1750年創業の日本酒ブランド「七賢」を醸す山梨銘醸が手掛ける、一日一組限定の一棟貸し文化屋敷です。 山梨の豊かな水と、三百年の醸造。地元の食、受け継がれてきた文化。そのすべてが静かに交差する場所で、ただ滞在するのではなく、土地の時間そのものを味わう特別なひとときをお届けいたします。 〒408-0312 山梨県北杜市白州町台ヶ原2291 https://esoto.sake-shichiken.co.jp/
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